漢方と成長戦略

高齢化が進み、社会保険制度の存続が危殆に瀕しているわが国で、漢方に対する期待が大きくなってきている。漢方は、一人の人間をシステムとしてとらえて総合的に治療するという点で、特に高齢者に対して効率的に治療ができるほか、2009年のH1N1インフルエンザのような感染症に対しても、麻黄湯がタミフル同等かそれ以上の効果をあげたそうである。
生体防御反応を高めるので、インフルエンザの型によらず対応できる、耐性ウイルスを作らない、初期対応が可能であり、インフルエンザを疑った時点で服用することで医療施設を訪れる患者数を減らせる、医療経済的に安価などの利点があると聞いた。現在、漢方は医学部の教育にも取り入れられ、約84%の医師が、漢方を処方している。

このように重要な漢方だが、一つの産業として考えた場合、その基盤は大変に脆弱だと言わざるを得ない。

第一に、供給サイドでは、原料の海外依存度が大きいという問題がある。約8割が中国からの輸入であり、以前の日中関係緊張時には、レアメタルのみではなく、漢方の輸入もかなり滞ったと聞いた。日本の食料自給率は約7割(生産額ベース)あるが、安定的供給確保の観点からは多角化や国内生産への切り替えが必要だと考える。また、中国の所得の向上に伴って需要が増加し、価格上昇が問題になっている。

現在農業政策の中で、減反が行われ貴重な農地が転用されたりしている。こうした農地を漢方の生薬生産に使えないものだろうかと考える。一定の補助金は必要であるが農業においては補助金は新しい話ではない。農業経営の多角化にも資すると思う。

第二に、需要サイドについては、医療保険の枠組みの中での扱いが適切であるか否かについて検討が必要である。今から3年ほど前、民主党の政権下で事業仕分けが華やかだった頃、漢方薬を健康保険の対象外にするという結論が出たことがあった。「湿布薬、うがい薬、漢方薬などは薬局で市販されており、医師が処方をする必要性に乏しい。」という理由だった。この時、反対する署名運動がおこり、合計92万を超える署名が3週間で集まったとのことである。

現在、漢方は引き続き保険の対象に残っているが、薬価を超える価格で納入されている生薬の品目は約65%で、シェア率上位二社のうち、一社がすでに薬価販売を中止し、もう一社も今秋に中止を予定しているとのことである。これでは、漢方の将来は心もとない。

第三に、漢方について知財面からの保護が十分かどうかという点である。
漢方は、中国に起源を持つが日本独自に発展した医療であり、文化である。近隣の中国や韓国において、伝統医療は西洋医学とは全く別の体系に位置付けられているのに対し、日本では、医師免許は一本化されており、従って、西洋医学と統合的に発展する可能性を持っている。

それなのに、日本は、この可能性の意味を認識せず、知財戦略で中韓に大きく遅れてしまった。韓国は、朝鮮時代の医学書「東医宝鑑」を世界記録遺産に登録し、中国は鍼灸を世界遺産に登録した。それだけではない。現在行われている、伝統医学の植物のコードづくりの作業の中で、中国の国内基準が国際標準にされようとしている。同じ名前の植物であっても、中国と日本の漢方では意味するものが必ずしも同じではない。そうなってしまうと、日本の薬局方による漢方が、国際標準から外れることになりかねない。国際標準を制するものは国際市場を制するのである。

日本の漢方は品質の良さからも、高齢化が進むアジア諸国に対して輸出産業となる可能性を秘めている。また、国際競争力があることが成長産業であることの一つの条件である。二番目では駄目なのである。一番目を狙ってこそ強くなれる。世界市場を狙ってこそ、国内市場が守れるのである。日本の市場だけでやっていけると思うと、パソコン98シリーズのようになる。

アベノミックス第三の矢、成長戦略の中で、総合的、統合的な漢方戦略が必要だ。